『田園の詩』NO.102 「筆の個展」 (1999.8.24)


 私事になりますが、奈良で3年数か月の修業を終え、独立して京都で『樂々堂』と名付けた
筆の工房を開いて今年で20年になります。

 その間、郷里の大分県・山香町にUターンして工房を当地に移転してからでも、もう12年
経ちました。ですから、現在手元にある多くの筆は、そのほとんどが田舎の工房で生まれた
ものです。

 この山香産の筆を見に来られ、買い求めて下さる方も随分多くなったのですが、「やはり、
いつかは都会に連れて行って皆さんに見てもらいたい」というのが私の願いでした。

 ちょうど『樂々堂』開業20周年でもあるし、私自身50歳という人生の節目にも当たるの
で、この機会に念願の都会行きを決心しました。こうして、初めての『筆の個展』(7/20〜
7/25)が、東京・銀座で実現することになったのです。


       
     個展会場の展示の一部です。こちらにも写真を載せています。⇒ ≪ 展示会案内 ≫


 残念ながら一緒に行けない女房が、荷造りを手伝いながら、筆たちに「皆、もう帰って
来なくていいから、東京に嫁いでおいで」と語りかけていました。「一週間ほど東京見物
した筆を、全部引き連れて帰って来ることになるかも…」と私。

 期待と不安の交錯する初めての展示会でしたが、関東に住む知人達の協力と、大勢
の来場者を得て、盛会に終えることができました。そして、田舎生まれの筆たちも、沢山
の方々のもとに嫁いで行きました。

 その後、どんな暮らしぶりをしているか心配していたところ、「筆はよく走っています」
とのうれしい便りが届き、ホッとしております。

 私と一緒に田舎に戻った筆たちは、都会の風に吹かれて涼しい顔をしていたのですが、
その後の連日の雨で、湿気を帯びた顔に変わってきました。早い内に、また、外に連れ
出してやりたいものです。

 「三顧の礼」、「有ること三遍」、「石の上にも三年」などを思い浮かべつつ、「人の噂
も三回」なる新しい諺を自作しました。田舎生まれの筆を東京中に嫁がせるには、あと
最低2回の『筆の個展』を開かねばなりません。        (住職・筆工)

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